あえて隙間をつくる

2017年11月23日

 

時々、書きすぎた文章を目にすることがあります。

必死に伝えようとするあまり、書かない方がいいことまで内容に含めてしまうのです

そのような文章は、一方的な決めつけになりがちです。

 

そもそも、書きすぎた文章とはどういったものなのでしょうか。

書きすぎた例を見ながら、解決策を考えていきましょう。

 

 

原文
 彼女はまるで、キャメロン・ディアスのような絶世の美女だ。

 

キャメロン・ディアスは、有名なハリウッド女優ですね。

たしかにとても美しい女性ですが、「絶世の美女」とまで言い切って良いのでしょうか。

 

 

人によっては、他のハリウッドセレブが好みかもしれません。

日本人、ひいてはアジア人にしか興味がないことも十分に考えられます。

 

この文では、書き手と読み手が「キャメロン・ディアス=絶世の美女」を共有しているという前提にたっています。

もしも共有できていなかった場合、いかに「絶世の美女」であるかが伝わりません。

 

書きすぎたことによって、読み手の想像力をおさえこんでしまった典型例ですね。

このように、不確かな要素を書き手が限定してしまうと、伝えるべき内容が濁ってしまいます。

 

解決策は単純です。

書きすぎないように、文章に隙間を作ればいいのです。

 

 

改善文
 彼女は、まさに絶世の美女だ。

 

 

人間には、足りない情報を想像や予想で補おうとする性質があります。

この性質を文章に利用すれば、主観によって変わる事柄にも対応できます。

 

改善文では、あえて限定しない書き方をしていますね。

これによって、読み手はそれぞれが思う「絶世の美女」を想像することができるのです。

 

 

伝えようとする書き手の気持ちは大切です。

しかし、それぞれの主観で感じ方が変わる物事に対しては、慎重になりましょう。

今回のような「異性の好み」に触れる内容であれば、なおさらですね。

考えなしに踏み込んでいくのではなく、ときには読み手の想像力にゆだねることも重要なのです。

 

Posted by 赤鬼