【創作】名文を生むために【言語表現の縛り】
小説を読まない人がイメージする、”美文”や”文学的表現”。
不思議なことに、これらは実際の文学作品にほとんどみられません。
では、名文とはなにか。
この原理的なテーマについて、踏み込んで考えてみます。
言語表現しか使えない
さしあたり、「アコースティックギターでの弾き語り」で考えてみましょう。
この表現を分解して、使われている要素を書き出してみました。
● 声
● 歌詞
● 音階
● ギターサウンド
● リズム
● コード進行
数ある音楽表現のなかでも、「アコースティックギターでの弾き語り」はもっともシンプルな形態のひとつです。
しかしながら、成立させるまでにこれほどたくさんの要素が含まれるわけですね。
一方小説では、言語表現しか使うことができません。
当たり前の話ですが、ここがとても重要なポイントです。
伝えたい”なにか”を完結させる
小説の世界では、さまざまなことが描かれています。
ご紹介したとおり、小説である以上は原則「言語表現」しか使われていないはずですね。
これから小説を書くあなたも、言葉の力でなにかを描こうとするでしょう。
あらためで意識すべきは、言語表現で伝えたい”なにか”を完結させることです。
たとえば前項では、「アコースティックギターでの弾き語り」を例に出しました。
そこで「コード進行」という言葉をあえて使いましたが、音楽に興味のない人は意味が伝わらないでしょう。
もちろん、この記事を読むにあたって「コード進行」の概念を理解する必要はまったくありません。
小説であっても同様で、重要度が低いワードや概念については、特に説明のないままやり過ごすことは多々あります。
しかし、もしも物語を成立させるとき「コード進行」の概念が重要だとしたら話は別です。
書き手は、物語の流れや雰囲気を壊すことなく、なんとかしてこの概念を表現する必要があります。
書こうとしているのは解説ではなく”小説”ですから、きちんと文脈にそったかたちで読み手に理解させなければならない。
このプロセスを言葉だけで完結させるとなれば、そうかんたんにはいかないでしょう。
書き手としては避けられない困難ではありますが、これもまた小説のおもしろさであり、言語に縛られた表現の醍醐味といえます。
共通認識との距離感をつかむ
「言語表現だけで完結させる」とはいえ、読み手に伝わらない言葉ばかりを使うわけではありません。
文章を書くときには、既存の概念を借用する局面が多々あります。
このとき書き手は、「共通認識」との距離感をつかんでいることが前提となります。
たとえば「リンゴ」は「リンゴ」でしかありません。
この場合、小説を書くときにはそのまま表現してもなんら問題ないでしょう。
しかし逆に、作者がリンゴのことをあえて「赤い果実」と書いた場合には、そのように表現した理由や理屈を用意すべきです。
「赤い果実」はリンゴだけではなく、読み手に誤解を与える要因になってしまうからです。
別の例を挙げると、「311」という数字です。
物語のなかで「311」を使ったとすれば、多くの人は東日本大震災を連想するでしょう。
しかしミクスチャーロックバンドの「311(スリーイレブン)」を伝えたかったり、JR東海の「311系電車」をイメージしてほしい場合は、対策が必要です。
書き手と読み手、双方が共通認識をもっていれば概念を借用することができます。
常に書き手はこの距離感を見極めながら、言葉を選びましょう。
最小限の言葉で、最大限の”なにか”を表現する
小説という形態が自由であることは間違いではありません。
しかし今回の内容からわかるとおり、言語表現に縛られている以上、小説は原理的に不自由ともいえるのです。
そこで書き手ができることは、結局のところ限られています。
言語表現しか使えないからこそ、無駄な部分を徹底的に省き、一筆の強度や純度を上げていかなければなりません。
わかりやすい言葉を使いながら、ていねいに紡いでいった文章で、大きな”なにか”を描く。
つまり、最小限の言葉で、最大限の”なにか”を表現するのです。
このようにして書いていくと、文章がどんどんシンプルになっていきます。
突き詰めていったところに、いわゆる“名文”が生まれるわけですね。
一筆に込める思いの強さを、派手な装飾に頼ってはいけません。
書き手が文章にかけるコストは最小限におさえるべきで、それは読み手の負担を軽減することにもつながります。
もちろん、そこで実現すべきは、最大限の”なにか”を表現することです。
語、句、節、文、小説の細部をないがしろにせず、それぞれを大切にしましょう。
■ 参考
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