プロットの定義を考える
今回はプロットについて考えてみましょう。
そもそも、プロットとは何か。
よく見聞きする例えは、「設計図」ですね。
結果からいえば、この例えはとても的確です。
設計図なしに書き始めるとなると、さまざまなミスを引き起こす確率が高くなります。
ストーリーの配分がおかしくなったり、前後のつじつまが合わなくなったり、伏線の回収がなされなかったり。
実用文でも同様ですが、設計図がない状態での組み立ては大きなリスクを伴うのです。
プロットと混同されがちなのは「あらすじ」ですね。
とても似ている両者ですが、厳密にいえば、それぞれの果たすべき機能や役割は異なります。
そもそも「あらすじ」は、読み手に向けて書くものです。
いわば、ざっくりとした「説明書」であり、映画でいうところの予告編のような機能も備えます。
それに対して「プロット」は、書き手側がストーリーの概要を整理するためのものです。
書き手側というのは、執筆する本人はもちろん、編集者などの制作関係者も含まれます。
(企画の段階で目を通してもらうときに、プロットを使うため)
つまりプロットの機能とは、制作する上での便宜を図ることにあるのです。
そう考えると「設計図」という例えがいかに芯を食ったものであるか、このことに気がつくでしょう。
ただし、心得ておかなければならないことがあります。
小説におけるプロットを本気で定義することは、そうかんたんではありません。
原因と結果を盛り込まなければならないとか、視点によって変わる因果関係を明確にするとか、実はちょっと面倒な決まりごともあります。
さらにいえば、日本と海外諸国で比べたときの定義も多少なりとも異なります。
要するにプロットを「設計図」と捉えるのは、あくまでもひとつの理解としてのみ。
その実態は複雑であり、本来一言で語れるようなものではないのです。
書き手として、このことは忘れないでおきましょう。
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