登場人物の人格を尊重する

書き手自身を、登場人物に投影させてはいないでしょうか。

「これはこうすべきだ」

「このようになって当然だ」

「登場人物はこういった気持ちになるはずだ」

これは決して悪いことではありません。

「私小説」にカテゴライズされる作品を考えてみれば、わかりやすいですね。

その場合、登場人物が作者の代弁者でなければ成り立たないのですから、投影させて当然なのです。

ただし「私小説」以外の作品を書く場合、この部分に甘えていてはいけません。

前提として、登場人物が書き手の代弁者である必要はないことを理解しましょう。

たとえば、人気のある少年漫画の主人公を思い浮かべてください。

「悟空」でも「ルフィ」でもいいです。

とても人気のある主人公ですが、そこに作者の人格が投影されていると思いますか?

もちろん要素としては入っているのでしょうけれど、読み手はそのようなことを考えませんよね。

「悟空」は「悟空」、「ルフィ」は「ルフィ」であるからこそ、人気があるのです。

小説においても、同じことがいえます。

登場人物には登場人物の人格があって、書き手はそれを尊重しなければなりません。

「この子は、こう考えるだろう」

「こいつなら、こんなことをするだろう」

「そいつはこんな気分でいるだろう」

冒頭に出たような「決めつけ」は、キャラクターの設定とはいえません。

自分自身のことを主張させるだけの、いわば操り人形なのです。

たしかに、自身のなかに全くない要素を書くことはとても難しいです。

しかし、どうしても自分自身の要素を伝えたいのであれば、コラムやエッセイを書けばいいのです。(それも実は難しいことなのですが……)

登場人物には、それぞれの行動や言動、そして考え方があります。

くりかえしになりますが、登場人物が書き手の代弁者である必要はありません。

それぞれの人格を尊重し、それぞれが光って見えるような作品を書きましょう。

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