会話文が越えられない壁

小説の会話文を書くにあたって、自然な会話を目指すのは当然のことです。

しかしタイトルにあるように、会話文には超えられない壁があります。

それは、書き手がどのような工夫を凝らしても、不自然さはかならず残るということです。

 

 

生の会話を思い浮かべましょう。

日常において誰かと会話するときは、音があります。

声の質だったり、トーンだったり、音量だったりと、話の内容以外にもさまざまな情報が含まれています。

それから、目で見て取れる様子も大切な情報ですね。

話し手の表情、視線、仕草など、すべてを同時に伝えるのです。

 

生の会話の場合、聞き手は、これら複合的に判断しながら内容を聞き取ります。

 

しかし小説の会話文では、文字でしか表現することができません。

前後の文脈で補うにしても限界があるため、不自然さを完全に払拭することは不可能なのです。

 

このような超えられない壁に対して、書き手はどのように向かい合えば良いのでしょう。

 

書き手の心持ちとして重要なのは、割り切ることです。

 

会話文にある不自然さを自覚しながらも、より良いものを目指そうとする

この姿勢が大切なのです。

 

音楽で例えるなら、CD音源のようなものですね。

大規模なコンサートにある「生の迫力」には及ばないにしても、整然としていて内容が伝わりやすいCD音源にだって魅力はあります。

 

 

会話文に不自然さが残るのは仕方ありません。

自然な会話を目指すと同時に、文章でこそ表現できるモノを伝えましょう。

 

 

 

創作

Posted by 赤鬼