書くことに対する責任

「ペンは剣よりも強し」 ――ブルワー・リットン

(『リシュリュ―、あるいは陰謀』第二幕第二場より抜粋)

有名な格言ですね。

ひょっとすると、この格言をモットーにして執筆している書き手もいるのではないでしょうか。

文章に書かれた言葉は、武力や暴力よりも影響力がある。

このように読み取れる内容ですから、書き手にとっては非常に心強い言葉ですね。

そもそもこの格言は、政治家・小説家であるブルワー・リットンが、1839年に発表した作品のなかで出てくるものです。

1839年というと、だいぶ昔のことのように思えますね。

さらにいえば、作中で描かれている物語は17世紀のフランスを舞台にしています。

このような背景を考えると、言葉の力というよりも、公的な書類の影響力を示していると捉えられます。

しかし、今の時代に当てはまっていないかというと、そうではありません。

今の時代だからこそ、大切にしなければならない格言といえます。

誰でもかんたんに言葉を発信できるようになりましたね。

小さな部屋のなかで書いたその言葉は、ものすごいスピードをもって世界中に拡散されていきます。

私たちが思っているよりも、はるかに、情報の力は強大なのです。

たった一枚のメモで、国を動かすことができます。

機密情報が書かれた書類を公にして、企業を倒産させることもできます。

また、特定の個人を「社会的に抹殺する」こともできます。

最悪の場合、標的にした人の命を奪うまでに追いつめることもできてしまうのです。

どれも、架空の話ではありません。

私たちの日常で、実際に起こっていることです。

文章として書かれた言葉は、いともかんたんに他人の人生を左右してしまうのです。

普段やりとりしているメールやメッセージの内容、SNSへの投稿も、例外ではありません。

そこに連なっている言葉は、「生き死に」が関わる領域に踏み入っています。

書き手であれば、なおさら、このことを忘れてはならないはずです。

発信する立場である以上、すべての言葉に責任をもつべきなのです。

剣よりも強いペンを、乱暴に振り回してはいけません。

誰かを陥れたり、いたずらに傷つけたり、もてあそんだりすることに、文章を使って良いのでしょうか、

書くことを武器にしている私たちだからこそ、誰かのためになる言葉を伝えていくべきです。

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