小説は書くたびに動いていく
小説として描く物語には、運動性があります。
この運動性を自覚しているかどうかで、執筆に対する心もちが変わってきます。
ここでいう運動性とは、「書き手自身も予測できない展開になる」という意味です。
具体例として、以下のような状況が当てはまります。
● 登場人物のひとり歩きによって、当初予定していた筋書きからずれる
● 物語の世界での整合性をとるために、別の要素が必要になる
● 無自覚のまま、気づけば物語が想定外の方向に流れていく
書いているのは自分自身であるはずなのに、物語が進むごとにどんどんずれていくのです。
書き手からすれば、予測不能な変化に焦りや不安が生じるでしょう。
しかし、この運動性をネガティブにとらえる必要はありません。
小説は、書くたびに変化して当たり前なのです。
わかりやすいのは、執筆途中で別のアイディアが浮かんだ場合です。
リアルタイムで浮かんだアイディアですから、それを物語に取り入れない手はありません。
たとえ当初のシナリオから少しずれていたとしても、その時点では最適化されたアイディアであることに間違いないのです。
作品にとってポジティブと思われる要素は、常に取り入れていくべきですね。
もしもこのような局所的な判断をすべて否定してしまえば、良い作品を書くことはできないでしょう。
ひとつ注意しておくべきは、悪い筋に入る場合もあるということです。
書き手のコントロールから外れてしまった要因はもちろん、その時点では最善と思ったはずアイディアでも、結果として物語を停滞させるきっかけになることも十分に考えられます。
そのときは、たとえ何万文字であったとしても、ずれたポイントまでさかのぼって書き直す勇気は必要です。
最初のうちは、変化に対して不安に思ったり、自分の筆力のなさを感じていたりするかもしれません。
次第に、物語の変化がポジティブなものかそうでないかを肌で感じとれるようにもなります。
たびたびくり返していると、自分から出てきたとは思えない展開にワクワクしたり、おさまりの良い展開が降ってきたことに「小説の神様」を感じたりもします。
苦しい状態が続くことの多い執筆活動のなかでも、この変化は楽しめる要素のひとつでもあります。
物語が動く様子を楽しみながら、執筆しましょう。
■ 参考
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