【別の世界が見えてくる】書き手の視線を下げる【下から見上げる】
書き方についてご紹介するとき、概念として「視点」や「目線」といった言葉を使っています。
しかし今回ご紹介するのは、物理的な意味での「視線」です。
書き手の視線を下げることで、実感を伴う文章を書くことができるようになります。
文章の内容を深め、奥行きをもたらし、読み手を納得させるには有効なテクニックです。
上から見下ろすのはかんたん
楽器が弾けない人でも、音楽について語ることはできます。
本を出版したことのない人でも、書籍を評することはできます。
映画を撮影したことのない人でも、その出来栄えを判断することはできます。
これ自体が悪い、というわけではありません。
たいがいの物事は体系化されていることが多く、比較するためのサンプルも充実しています。
たとえ大まかな理解でしかなくても、特定の物事について上から見下ろして考えることは重要です。
しかし、これはあくまで「物事について考える」ときに必要な視線です。
「物事について感じる」ときには、当事者の視線か、そこからさらに低い視線をもつことが必要になります。
下から見上げる感覚
私の実体験から、低い視線から得た文章の例をご紹介します。
例
初めてマレーシアを散策したときのことです。
人々の様子や街並みはエキゾチックで、私はしばらくその雰囲気を堪能していました。
路地裏に入ると、地面の上で寝ている猫が目に入りました。
私はその場でしゃがみ、その猫の写真を撮ったのです。
いざ確認すると「猫がただ地面で休んでいるだけ」の構図になっていました。
異国の地であることを疑ってしまうほど、取るに足らない写真です。
マレーシアの文化や生活様式は、日本のそれとは異なります。
けれども私は、猫の撮影を通じて「本質的な在り方は何も変わらないのかもしれない」と思いました。
私は再び歩き始めました。
マレーシアの人々の様子や街並みは、先ほどよりもずっと身近に感じられました。
猫に出会い、しゃがみ、下から世の中を見上げることがなければ、書かなかった文章です。
つまり、「物理的に視線を低くした」ことから得た文章ですね。
頭での理解ではなく、心で感じたものを書いたわけです。
「心で感じたものを書く」というのは、書き手にとって非常に大切な姿勢です。
そのためにも、低い視線で物事をみることは重要なのです。
低い視線から「別の世界」をみる
当然ながら、物事を上から見下ろして書く状況はあるでしょう。
しかしその視線に固執していると、物事を多角的に分析できなくなります。
前項の例のように、世の中には低い視線でなければ感じられないものがあります。
下から見上げることで、これまでとは違った「別の世界」がみえてきます。
そこには、身につまされるかたちでの学びがあり、それが文章になります。
読み手を納得させるためにも、この視線はもっておきたいものですね。
知識や理論で固めるのではなく、視線を低くすることで実感を伴う文章を書いていきましょう。
■ 参考
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