【作者と登場人物】同一視の問題について【自分自身と文章の内容】
書き手と登場人物を同一視すること。
この「同一視」は、小説家がもっとも嫌う行為のひとつです。
もちろん、小説のように意図的に距離をとって書き上げる文章だけにあてはまるわけではありません。
同一視の問題は、おおげさにいえばすべての書き手が抱えることでもあります。
今回はこのことについて考えていきましょう。
「素の自分」と「書き手の自分」は違う
私は長い期間、たくさんの文章を書いてきました。
紙媒体でも書かせてもらいましたし、ブログも複数運営しています。
ビジネス書類全般はもちろんのこと、官公庁への申請書類も多数作成したことがあります。
SNSも利用していて、メッセンジャーアプリでも毎日文章を送信しています。
しかし「素の自分を出せたことがあるのか」と聞かれたら、首をかしげてしまいます。
読み手となる人に嘘をついているつもりはありませんが、「素の自分」と「書き手の自分」がどうにも合致しないのです。
わかりやすいところでは、自分自身はぴくりとも笑っていないのに文面では「www」を使っているとか。
深いところでは、日常生活では使うことのない表現が文章になると浮かんだり、書いているうちに別人格が発現したりと、思わぬ化学反応が起きることもあります。
「それも含めて自分自身」といわれればそれまでですが、「書き手の自分」と「素の自分」が同一人物であるとは思えない瞬間があるのです。
ほとんどイコールで結びつけられる
ただし読み手が常に、書き手の都合やその心情を考えているわけではありません。
「書き手の自分」と「素の自分」は、ほとんどイコールで結びつけられるでしょう。
たとえばあなたが、自由に書ける文章を仕上げるとします。
普段の自分とは違っていても、内容のどこかに「あなたらしさ」がにじみ出ているはずです。
そこで感じとれる「あなたらしさ」は、文章の大きな魅力になる可能性を秘めていますから、あなた自身もきっと否定したくない要素でしょう。
文章によって表現されたものは、あなた自身ではなくとも、あなたの”分身”程度の存在ではあるのです。
すると、同一視されるのは「書き手の自分」と「素の自分」だけでは済まなくなります。
「書き上げた文章」もまた、ほとんどイコールで結びつけられるわけです。
評価の対象は”自分自身”になる
誤字脱字が多い様子から、書き手の「抜けている性格」が見え隠れしたり。
言葉の使い方を間違えている箇所から、書き手の「勉強不足な状態」を類推したり。
文体のやわらかさ、あるいは硬さから、書き手の「パーソナリティ」を決め込んだり。
文章のなかで扱うトピックや、その切り取り方から、書き手の「思想」を推しはかったり。
本来、一切のミスがない文章など存在しないはずです。
ひとりの書き手で限定しても、表現する際のアプローチも多岐に渡りますし、文章によって紡がれるテーマやモチーフも多種多様であるべきです。
けれども実際は、上記のような短絡的ともいえる評価にさらされることがあります。
書き手にとっては不利な状況であることが多く、同一視を「問題」として扱うのはこのためです。
評価の先は、かならずしも作品単体や本文の内容に向けられるわけではありません。
前項にあったとおり、「書き手の自分」「素の自分」「書き上げた文章」はどうしても同一視されてしまいます。
この不思議な力学がはたらく以上、評価の対象は自分自身となるのです。
書き手の宿命
ビジネスになぞらえれば、書き上げた文章はいわば「仕事の成果」になります。
表現した内容が仕事の成果として、なんらかの評価を受ける。
評価の対象が文章ではなく、あなた自身にふりかかってくる状況は、いわば自然な流れともいえます。
そう考えると、同一視の問題は、文章表現にはついてまわることなのかもしれません。
私自身、周囲の人間に文章を読んでもらったときには、そのリアクションに翻弄された経験があります。
堅い文体で書いたものは「頭良いんだね」と勘違いされたり、攻めた内容で書いたものは「こんなこと考えてたんだ……」と落胆されたり。
これらのリアクションは本来、文章の内容とは別のところに向けられたものです。
「本当は違うんだよ」と説明しても言いわけがましくなってしまい、何度も歯がゆい思いをしました。
実際、純粋な読み手が一度でも思い込んでしまったものをくつがえすのは困難です。
自分がどれだけ否定しても、事情をていねいに説明しても、受け入れられるとは限りません。
大げさにいえば、これは「書き手の宿命」です。
読み手との”ズレ”から感じる歯がゆさも含め、書き手として活動する以上、おそらく今後も付き合っていかなければならないことです。
すべて受けとめる必要はありませんが、ある程度割り切ることも大切です。
同じ書き手として、数少ない理解者として、一緒に乗りこえていきましょう。
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