なぜ言い切らないのか

2017年4月5日

 

日本語の特徴のひとつに、言葉に含みを持たせて解釈を相手に委ねる表現があります。

主に話し言葉においてこの傾向が見られますが、書き言葉にも散見されます。

 

「~のように思われます。」

「~といっても過言ではありません。」

「~かもしれません。」

「~だとしても不思議ではありません。」

「~といった意見もあります。」

 

 

このように断言を避けた表現を使うと、書き手としてはとても楽に執筆できます。

以下に主な理由を挙げてみました。

 

①その真偽が不明でも、伝えたいおおよその内容を書くことができる

②角が立たず、不本意な議論やトラブルを避けることができる

③読んだ人に対する書き手の責任が薄れる

④言葉尻を変えることで、文全体の印象が良くなる

 

文末を曖昧な表現に変えるだけで、これだけのメリットがあるのです。

 

 

 

しかし、使いすぎは禁物です。

曖昧な表現を多用すればするほど、伝えるべき内容がぼやけていくからです。

せっかく書いても伝わらないのであれば、本末転倒ですね。

 

 

 

作成する文書の重要度が高ければ高いほど、曖昧な表現は見られなくなります。

ためしに、文章作法について書かれた本を読んでみましょう。著名な作者が書いた本は、文末でしっかり言い切っているのがわかります。

逆に、素人のライターが書いたであろうウェブページなどは、断言している部分を探すほうが難しいほど言葉尻りが曖昧になっています。

 

 

熱量を持って何かを伝えるには、勇気が必要です。

そこを恐れて逃げてしまうのは、書き手としてはまだまだ未熟です。

伝わる文章を書くため、角が立たない表現に頼りすぎず、言い切ることを意識しましょう。

 

コラム

Posted by 赤鬼