言葉の性差に配慮する ~ 表現上の男女 ~

表現そのものに、男女の差が見え隠れすることがあります。

たとえば、語尾につく「~だぜ」は男性的で、「~だわ」は女性的であるような印象をもちますね。

「女性言葉」「男性言葉」として区別されるこれらは、その使い方に性差があります。

この場合、言葉にもとから備わっている性差に配慮するというよりも、その扱い方にフォーカスして考えるべきです。

なぜなら、文章の表現において、これは書き手が意図して作りだす性差でもあるからです。

例をみてみましょう。

例文

● 男性がメシを食っている。

● 女性がメシを食っている。

どちらの文章がより自然であるかを判断するとしたら、軍配があがるのはおそらく前者ですね。

「メシを食う」という表現からは、どことなく大ざっぱで荒々しい様子が感じ取れるため、男性言葉として扱うべき表現であることが濃厚です。

だからこそ、「女性+男性言葉」で書かれた文に不自然な印象をもってしまうわけですね。

覚えておきたいポイントがあります。

女性を表現する場合は、上品な言葉を使う傾向にあるということです。

たとえ男性と同じものを、同じ様子で食べていたとしても、その行動から野性味を感じさせないよう表現するのが自然とされています。

女性らしさを演出するのであれば、「ご飯を食べている」だったり、「食事をとっている」だったりと、上品に表現すると納得感が強くなるのです。

もちろん、これは表現におけるセオリーのひとつでしかありません。

「女性言葉」や「男性言葉」として区別される性差は、生物学的な違いや、文化的な背景など、さまざまな要因から成り立っていると考えられます。

この男女差を押しなべてみているのであって、それぞれの在り方を決めつける意図は一切ないことを理解してください。

書き手として配慮すべきは、文章表現においてこの性差が顕著に表れるということです。

日常生活であれば気に留めない動きであっても、文章で表現するとなれば、否が応でもその場面を切り取ることになります。

だからこそ、「女性言葉」や「男性言葉」の扱いには気を付けなければならないのです。

具体的な扱い方は、書き手の主義・主張によって変わります。

いくつか例を挙げましょう。

● 女性らしさや男性らしさを尊重したい

⇒ 書き手が意図して言葉を使い分ける

● ありのままを描写したい

⇒ 見て感じたとおりに言葉をはめこむ

● 性差をなくしていきたい

⇒ 男女の差を排除して表現する

ただし、いずれの場合も対象となる人物をリスペクトすることが前提となります。

本来、「女性言葉」と「男性言葉」に差別的な意識はないものの、書き手の表現や読み手の感じ方によって不適切だと判断されることもあります。

書き手はその可能性を慎重に考慮した上で、文章表現に向き合っていきましょう。

■ 参考

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