「人物×苦悩」を考える
この記事に引き続き、人間の描き方についてご紹介します。
特定の人物を魅力的に描こうとするとき、必ずといっていいほどつきまとうのが「苦悩」です。
実際、小説を読んでいると、登場人物の苦悩にこそ大きな魅力が感じられる作品はたくさんあります。
叶えたい願望をさえぎる障害や、心のなかに秘めた葛藤などは、その登場人物の魅力を引き立てる要素となります。
このことを知っている書き手は、人間を描こうとすると「人物×苦悩」で考えるわけですね。
アプローチとしては間違っていませんが、覚えておきくべき有名なセオリーがあります。
「苦悩が人間を魅力的にするのではなく、人間が苦悩を魅力的にする」
よく考えてみれば、当然のことです。
多くの読み手が見ているのは、物語の構造ではなく、その世界にいる「人間」です。
だからこそ書き手は人間を描くことに力を入れるべきなのですが、実際の執筆ではこの前提が崩れてしまうことが多々あります。
たとえば、「1000kmを歩いて旅する物語」があったとします。
1000kmもの距離を歩くのですから、それだけでも大きな苦悩だといえるでしょう。
ただし、読み手からすれば、所詮は他人事でしかありません。
知らない誰かが1000km歩いても、そこに強い思い入れはないはずです。
「すごい」とか「大変そうだな」とか、そういった感想は抱くことはあるでしょうけれど、本来は読み手とまったく関係のない世界の話でしかないのです。
もしも「読み手の心を魅了する登場人物」が、1000kmを歩いて旅することになったとしましょう。
旅の道中で起こる出来事にドキドキしたり、物語の行方が気になったりするでしょう。
いつしかその登場人物を応援する気持ちになっていて、ラストで目的地にたどりついたときには感動するはずです。
つまり、読み手にとって魅力のある登場人物でなければ、魅力的な物語にはならないのです。
書き手が力を入れて描くべきは、苦悩を生じさせる舞台だけでなく、そこにいる人間の在り様です。
書き手がこの部分を忘れてしまうと、「舞台の設定」や「状況の構築」だけで満足してしまいます。
苦悩のような変化をもたらす仕組みや展開は、小説の執筆においてとても大事なことです。
しかし、その場にいる人間を描かなければ、「他人事でしかない物語」から脱出することはできないでしょう。
もう一度、おさらいします。
「苦悩が人間を魅力的にするのではなく、人間が苦悩を魅力的にする」
たとえどんなにおもしろいシナリオであっても、この前提が崩れてしまえば、魅力的な物語にはなりません。
小手先だけの「苦悩」を提示するのではなく、魅力的な人物を描くことを目指しましょう。
■ 参考
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